宮成 氏私書箱のみんなが現象の位置づけの歴史
ほうほう、こんなことだったですね。
たいぶ昔に習ったことだから忘れてしまっていました。
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プラトンにおいては、現象は、「イデア」(=”真に存在するもの”とされた)と対置された。
古代ギリシャ後期においては、現象にロゴスをあてがうことで" 現象を救うこと" が「ロゴン・デドナイ」(学問)である、という考えが見られる。
中世スコラ学において議論はあり、実在する対象に対応するかしないかによって「現象」か「仮象」に区別されたりもした。
クザーヌスによれば、"不可視の神が可視化したものが世界"であるとも表現された。
近世の経験論のバークリーにおいては、観念や感覚所与を現象とみなして、現象主義に近い方向でそれを論じた。
ヒュームは懐疑論的にとらえ、客観性とは繋がり得ないと見なした。
カントにおいては、現象は物自体と対比され、現象は物自体と主観との共同作業によって構成されるものと考えた。
ゲーテは、ゲーテは「原現象」という名によって、学問的現象などの基底にある根本現象を呼びわけた。また一方で「現象の背後に何も探求してはならない。現象自体が教師なのだ」とも述べた。
ヘーゲルにおいては、「本質は現出する」と言われ、"「本質」は「現象」となることによってのみ存在する"とも言われた。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』